
Vol.24
生徒の学力は減退している!?
大学入試の時期が近づいてきました。
受験生だけでなく、その保護者の方々も一番気が揉める時期です。
まして年明けに行われる2025年大学入学共通テストは、高校の学習指導要領改訂に初めて対応する「新課程入試」となり、試験の科目や出題の範囲が変わることから、一層不安な面があります。
ところが、こうした複雑化する共通テストとは裏腹に、大半の有名大学では「年内学力入試」をスタートさせています。
「年内学力入試」とは、学校推薦型選抜・総合選抜型のことで、2024年の入学者の内訳を調べても一般入試は48.9%であるのに対し、学校推薦型および総合選抜型はそれぞれ35.0%、16.1%となり、とうとう一般入試入学者を抜いてしまいました。
早稲田大学も昨年、「一般入試の入学定員を減らし、年内学力入試での定員を60%にする」と公表して世間を驚かせました。そもそもこうしたAO入試を始めたのが慶応大学ですから、私立の雄(ゆう)早慶がこうした方式に大きな舵を切ったのはそれなりの理由があるわけです。
この理由の最たるものが少子化と大学定員の微増という相反現象です。次の<表1>を見てください。これは2019年と2024年の延べ志願者数と入学定員を示したものです。
年度 | 延べ志願者数 | 入学定員 | 延べ入学者数 | 見掛け倍率 |
2019年 | 442万人 | 48万5000人 | 61万7000人 | 7.17倍 |
2024年 | 370万人 | 50万4000人 | 61万5000人 | 6.02倍 |
この数字は延べ人数です。例えば国立に1校合格し、私立に3校合格していれば志願者数も入学者数も4名分となります。最終的にその生徒がどこに入学したかは分かりません。
このように数字上は全員合格ができるにもかかわらず、2024年度では私立の59.2%が定員割れを起しています。その大半は偏差値40以下の学校で、中にはBF(ボーダーフリー)と呼ばれ受験生が少ないなどの理由で合格ラインが決められない大学も含まれています。
何れにせよ、受験者の大半が中堅位以上の国公私立を志望するで、大学偏差値の上下校で受験者数の偏りが一層進んでいます。定員割れを起すと大学助成金の減額、修学支援金の対象外になるため、定員の減員を始める中堅以下の大学がある一方で、大規模私立大学では学部学科を増やし、更なる大型化を図っているため、大学格差は今後もますます広がると推察できます。
高校での学力・生活評価や小論文を通して基礎的な能力を診断できるので、学校偏差値が下がれば下がるほど、推薦型・総合型入試に切り替えることで存亡の危機を脱する努力を続けています。
受験勉強の成果を試される一般選抜入試で真剣勝負するのは一部の難関国立・私立のエリートたちの世界となり、受験生の学力基準から入学者を選抜できる大学はほんの一握りに絞り込まれてきました。エリート以外は推薦を主体とした「年内入試」へと流れ、今後は一般選抜による入学者が数人もしくはゼロになる大学が大量に発生すると予想されます。
しかし、こうした二極化の主な原因である少子化傾向は、受験生にとってはチャンス到来でもあります。意外な大学や学部が入りやすくなり、自らの意思とやり方次第でこの状況を味方にできるのです。
今ここに面白い河合塾の資料があります。大学ランク別・偏差値別合格率の2019年と2024年との比較を一覧にした表です。<表2>を見てください。関関同立では偏差値が65以上あれば2019年には80%が合格だったものが、2024年には87%まで7ポイント上がっていることを示しています。言い換えれば、2019年にはギリギリ「産近甲龍」というレベルだった受験生が、タイムスリップして今年受験したら、「関関同立」のどこかに合格する可能性があるということです。
関関同立 | 産近甲龍 | |||||
受験者の偏差値 (河合塾) |
合格率(%) | 合格率(%) | ||||
2019年度 | 2024年度 | 対19年度比 | 2019年度 | 2024年度 | 対19年度比 | |
(ポイント) | (ポイント) | |||||
65以上 | 80 | 87 | +7 | 58 | 77 | +19 |
60~65未満 | 61 | 74 | +13 | 69 | 74 | +5 |
55~60未満 | 39 | 56 | +17 | 60 | 75 | +15 |
50~55未満 | 19 | 37 | +18 | 41 | 63 | +22 |
45~50未満 | 7 | 17 | +10 | 23 | 46 | +23 |
45未満 | 2 | 6 | +4 | 9 | 25 | +16 |
【産近甲龍の偏差値65以上の2019年の数字は間違っているのではと思われます】
関関同立では偏差値が55を越えれば、産近甲龍では偏差値が50を下らなければ合格できる確率が格段に上がることが見て取れます。
早慶上理 | MARCH | |||||
受験者の偏差値 (河合塾) |
合格率(%) | 合格率(%) | ||||
2019年度 | 2024年度 | 対19年度比 | 2019年度 | 2024年度 | 対19年度比 | |
(ポイント) | (ポイント) | |||||
65以上 | 52 | 62 | +10 | 72 | 77 | +5 |
60~65未満 | 21 | 31 | +10 | 45 | 58 | +13 |
55~60未満 | 10 | 15 | +5 | 21 | 35 | +14 |
50~55未満 | 5 | 6 | +1 | 7 | 15 | +8 |
45~50未満 | 3 | 3 | +0 | 3 | 5 | +2 |
45未満 | 3 | 4 | +1 | 1 | 2 | +1 |
同様に<表3>は早慶上理とMARCHの比較表です。
やはり早慶上理の牙城は固くそれほどの違いは見せていませんが、MARCHでは明らかな違いがうかがえます。特に偏差値60台前半の生徒の合格率が上がったことが読めます。
これらの表は一定の受験者数を持つ全統模試を受けた生徒が、どの偏差値でどこの大学に合格したかを示すものですから、2019年から2024年までのわずか5年間に、どれだけ高校生の学力が下がったかを偏差値を通して示すことになります。これも少子化による競争力の衰退が大きな理由だと思います。
また、関関同立とMARCHの表を比較してください。
偏差値65以上では10ポイント、偏差値60~65未満では16ポイント、偏差値55~60未満では21ポイントと、2つの大学群の間に明らかな学力差が見られます。
東京一極集中は経済だけでなく大学の知のレベルにも大きな影響を投げ掛けていると思われます。
では、国公立大学ではどうでしょうか。これをまとめたのが<表4>です。
難関10大学 | 順難関・地域拠点大学 | |||||
受験者の偏差値 (河合塾) |
合格率(%) | 合格率(%) | ||||
2019年度 | 2024年度 | 対19年度比 | 2019年度 | 2024年度 | 対19年度比 | |
(ポイント) | (ポイント) | |||||
65以上 | 61 | 64 | +3 | 66 | 68 | +3 |
60~65未満 | 44 | 46 | +2 | 59 | 64 | +2 |
55~60未満 | 28 | 33 | +5 | 49 | 55 | +5 |
50~55未満 | 13 | 13 | +0 | 35 | 42 | +0 |
45~50未満 | 3 | 4 | +1 | 19 | 24 | +1 |
45未満 | 2 | 3 | +1 | 5 | 10 | +1 |
難関10大学とは北大、東北、東京、東工大(現東京科学大)、一橋、名古屋、京都、大阪、神戸、九州のことで、準難関・地域拠点大学とは筑波、千葉、都立、横国、新潟、金沢、大公大、岡山、広島、熊本のことです。
私立とは明らかな違いが見て取れます。
まずはポイント差がほとんど生まれていません。あったとしても偏差値55~60未満での5ポイントが最大です。やはり難関・準難関国立大は少子化の影響をそれほど受けずに、全国からあるいは拠点地域から学力ある生徒をしっかりと集めていることが分かります。
河合塾教育研究開発本部の近藤治主席研究員も、親世代が受験生だった30年前と今の受験難度のギャップを、「30年前は受験人口がピークを迎えた頃で、熾烈な受験戦争が繰り広げられました。それに比べて今は少子化が進み、私立大学の過半が定員割れを起し、競争レベルがまるで異なる時代になってきている」と表現しています。
昨年、東京のある大学で行われた教育シンポジウムに呼ばれ大学入試の現状に関する講演した際、最近の生徒の学力が明らかに落ちてきていることを話しました。
講演後の質疑応答で、ある40歳前後と思われる女性高校教師から、「今仰ったのは、先生の個人的な感想ですよね。私も15年近く高校教師をしていますが、受け持つ生徒の学力が落ちてきているとは思えません。先ほどの発言には何か根拠があるのでしょうか」という趣旨の質問(お叱り)を受けました。
そのとき、この河合塾の資料が手元になかったので明確な応答が出来なかったのですが、「教育工房あ~く」での授業を通じて、同じ学校・学年で、比較的近い順位にいる現在の生徒と5年~10年前の生徒とを比較すると、上位三分の一を除く生徒の能力が縦に伸びているように思われます。
当塾は私立中高一貫校の生徒だけなので、定期テストの結果も上位と下位の差が明らかに広がっています。
大学は本来「考える力を育む場」であったはずです。中学高校のように学校側から与えられたものをこなす知識・技能を活用するのではなく、自らが取り組みたいテーマを総論と各論の2方面から極めていくものです。
総論とは俯瞰的な観点からテーマをとらえることで、人類の幸福のためにどのような配慮をすべきかといった観点で、各論とはそれを実現するために、何をどうやっていけばいいかといった実践的視点です。
しかし、最近の大学を見ていると各論重視の専門学校化が進んでいます。例えば医学部を例に取っても、6年後の国家試験の合格率を上げるために、授業構成が予備校になっている大学もあります。
こうした座学や技術の習得に専念するのではなく、その学問の裏にある思想や哲学、さらには将来に向けたアイデアを戦わせて、社会に与える影響までも考える力を培って欲しいと思うわけです。
中学高等学校の学力が低下してきたとはいえ、大事なことは大学生活を通じて自分の興味関心のある分野で研究・研鑽に励み、日本の産業・経済・文化などの柱となる実績を積み上げていくことだと考えます。